›May 30, 2004

2004.5.30 (日)

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本日は伯母にあたるハマさんとそのご主人にお会いした。沖縄にお住まいで、今日上京された。親父は9人兄弟だそうだが、親父方の御兄弟は定期的に「いとこ会」という親戚の会合が開かれている。オレは一度も言った事はないし、息子、娘の代で出席されている人がいるのかも不明。
今日は親父のピンチヒッター(死語?)ということで、お袋と共にお会いしてきた。
このご夫婦は敬けんなクリスチャンでおられ、ご主人は会社を退職後、神父になられたお方だった。ご一緒に夕食を食べたのだが、食事の前にお祈りをされていた。
親父の事を心配してくださっていたが、親父からはお茶を濁すように言われていた。明日「いとこ会」があるのだが、その場が一転して祈りの場になってしまう事を親父は避けたいのだ。せっかくの再会の場が楽しくなくなってしまうのがイヤなのだ。
手術をした事はご存知なので、その後リハビリをしている事になっている。
まぁオレは初めてきちんとお会いした所で、お袋がほとんど話していた。それでもお袋も親しいわけではないので、昔話に花が咲いて良かった。沖縄はとっくに梅雨入りしているそうだ。

親父は今日は少しは具合が良いようだ。意識もはっきりしている。iBookに向かって作業をしては、疲れてくると眠っている。

最近は親父は「しゃっくり」が良く出る。この「しゃっくり」が嘔吐の信号なのだ。かなり激しいしゃっくりで大きな音が出ている。そこまで飲食物が拒絶されている。
昨日から東京も暑い。こないだまでの春〜初夏を思わせる快適な気温と変わって、夜でもベタベタする完全な夏の気候になっている。昨日あたりから口にするものはシャーベットのみになり、今日も暑いのでシャーベットを良く食べていた。しかし丸ごと一つ食べてしまうと確実に戻ってしまうようだ。夜に戻してしまった。まぁ戻した後はケロッとしていた。

苦しみや痛みさえ少なければ、死への時間が少し許されている親父の状況はラッキーなのだと思う。言い残す事、書き残す事が少しは出来る。「身辺整理」も少しは出来る。
ただ一方では公表する事の影響も考えなくてはいけないのだなぁ。
治る見込みのなくなってしまった末期ガンの方々は皆、そう考えられて、亡くなるまで公表しないのかも知れない。いかりや長介さんもそのようにされたのかなと思う。